Categories: 杉田隆史のこと

「鈴木先生」第7話

「鈴木先生」というTVドラマを

ご存知のあなたも
ご存知ないあなたも

こんにちは。

ジムに行く途中、保育園児がみんなそろって、「ヤッホー!いらしゃいませ!ファイト!ファイト!」と言っていたのを聞いて、その言葉を連続させる意味を考え杉田です。

1週間お疲れさまでした!

 

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えー、みなさん、どうでしょう、「鈴木先生」ってTVドラマご存知ですか?

あ、ご存知の方もいらっしゃいますね。

この「鈴木先生」、とても面白いTVドラマだったんですよ。

私、今までたくさんの学園モノのドラマや映画を見てきましたけど、「この先生から実際に習いたい!」と思えるような先生はいなかったんですね。

でも人のススメで何気なく観たこの「鈴木先生」の中に、はじめて「理想の先生」を見つけたような気がしたんです。

鈴木先生って、フェアで、生徒にも人気がある先生なんですけど、なかなか一筋縄ではいかない先生で、かなりヘンタイで、大のモーソウ好きなんですよ(笑)。

でもそれも等身大で好感が持てたんですけど、私が忘れられない話があって、それが「第7話」なんです。

「イイ子」というか、マジメな生徒の話で、私、この話を観た時、「こ、この子は、私だ!」って自分でもビックリするくらい号泣したんですよね。

今まであれほど「盗んだバイクで走れなかった人」の気持ちを描いてくれたドラマは観たことがないような気がしたんです。

エッ、「『盗んだバイクで走れなかった人』の意味がわからない」ですって?

で、ですよね。この「盗んだバイクで走れなかった人」って、尾崎豊さんの有名な曲「15の夜」の

「盗んだバイクで走り出す」という歌詞の真逆にいる人

という意味なんですけど、尾崎豊さんの歌詞の中に出てくるような人も、悩んでいるとは思うんですけど、

「悩んでいる苦しさを外側に向かって発散できる人」じゃないですか。バイク盗んだりして。

でも同じ悩んでいる人でも、「盗んだバイクで走れなかった人」って、イイ人だったり、マジメだったりするので、

悩んでいる苦しさをあまり「外側」に向けて発散できないんですよ。

だから他人から見れば、そんなに悩んでいるようには見えなかったりするんですよね。

なので、手がかからないから世間からはスルーされるんです。 「ふつうにやってるから、大丈夫でしょ?」って。

でも「盗んだバイクで走れなかった人」って、悩んでいる苦しさを外側に向かって発散できないから、その対象が「内側」に向いて、自分を責め続けるんですよ。

こういうのも「盗んだバイクで走る人」に比べたら、ぜんぜん地味だけど、けっこうツラいんことなんですよね。

なので、私、このブログを始めた時から、こういった世間では発見されづらい、

「盗んだバイクで走れなかった人の、言葉にならない想いを言葉にしていきたい」

ってずっと思ってきたんです。

あ、で、そんなことを言っている私自身も、やはり子供の頃、「盗んだバイクで走れなかった人」だったわけですけど(笑)、

私が納得いかなかったのは、学校でヤンチャだった同級生が、けっこうちゃんとした大人になっていたりするんですよ。ちゃんと働いて、結婚して、子供がいたりして。

そういう風の噂を聞くと、「イイ子」だった私が引きこもったりして、社会に適応できずにいたので、

「ガマンしてイイ子やっていた私ってなに?」ってその報われなさに、「ウォーーー!」って叫びたいような気持ちになったんですよね(笑)。

なので、「鈴木先生」の第7話を観た時、マジメな生徒を観て号泣したのは、かつての自分のような生徒を見て「切なくなって泣いた」という気持ちもあったんですけど、それよりも、

「長い間、誰も気づいてくれなかったのに、よくぞ気づいてくれました!
よくこういう生徒にスポットライトを当ててくれました!」

みたいな気持ちで号泣してしまったような気がするんですよね。

あっ、今ブログ書きながら気づいたんですけど、私、よくブログ読者さんから、「ブログ読んで涙が止まりませんでした」なんてメールやコメントをいただくことがあるんですよ。

でも私としては、それはちょっと驚きだったというとか、私自身は「笑わそう」と思ってこのブログを書くことはあるけど(笑)、

「泣かそう」と思ってブログを書いたことはないんですよね。 なので、「んー、そこまで泣けるブログなのかなぁ」っていつも思ってたんですよ。

でもブログ読者さんが、「ブログ読んで涙が止まりませんでした」なんて言ってくださるのは、きっと私が「鈴木先生」の第7話を観た時と同じように、

「誰も気づいてくれなかった、私の気持ちをわかってくれる人がいた!」

という意味での「泣けた」というのもあるんでしょうかね。

あ、で、その「鈴木先生」、来年1月、映画になるんですって。

(「鈴木先生」についてはコチラからどうぞ)
映画「鈴木先生」

さっそく映画「鈴木先生」のホームページで見てみたら、私の心をクスぐる表現を発見!

「今の学校教育は、手の掛からない生徒の“心の磨耗”の上に支えられている」
「一見普通に見える生徒達ほど、心の中には鬱屈したものを抱えている」

いやぁ、わかってくれてウレシーなぁ(笑)。

あっ、でもこの前、クライアントさんから、

「今の杉田さんは、盗んだバイクで走っている」

って言われちゃったっけ(笑)。

でも、確かに今はそうかもなぁ(笑)。

 

それでは今回はココまでにします。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また次回お会いしましょう!

 

 

杉田 隆史

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