他人に対して、
わりと期待しちゃうあなたも
あまり期待しないあなたも
こんにちは。
駐輪場で「126番」に停めたのに、間違って自動精算機で「128番」の料金を払ってしまい「アッ!」ってなり杉田です。
1週間お疲れさまでした!
えーと、みなさんどうでしょう、他人に対して、わりと期待しちゃうほうですか?
それとも、あまり期待しないほう?
あ、なんでこんなことお聞きするのかというと、私、個人セッション(心理セラピー)をしていると、
「ブログの『クレクレな人』という記事が読んで当てはまりました。
もしかすると私の悩みは、『クレクレ』ってことなのかもしれません」
みたいなことを言われることがとても多いんですよ。
なので今回は、「クレクレ」について全体像が眺められるように、過去記事でお話してきたことの「まとめ記事」をお届けしたいと思います。
エッ、「その前に『クレクレな人』って意味がわかるようでわからない」ですって?
ですよね。 あ、ほら、誰でも他人に対してある程度の期待はするじゃないですか。
でもその期待が大きくなりすぎると、「他人が自分の期待の応えてくれない」って感じることが多くなるから傷つくことが増えますよね。
なので、このブログでの「クレクレな人」とは、
「他人に対して過剰な期待をしている人」
という意味として言っています。で、そういう人って、結果、人間関係があまりうまくいかなくなるんですよね。
これでなんとなく「クレクレな人」の意味がつかめましたでしょうか?
さ、それでは以下、
「クレクレになりやすい人とその傾向」
と題して、まとめ記事をお届けします。
読んでみて、「アッ、これ当てはまる!」と思った方は、「リンク先の過去記事」も読んでみてくださいね。
より深く「クレクレな人」の本質がわかると思いますよー。
「クレクレになりやすい人とその傾向」
1.「親が自分の期待に応えてくれなかった」と思っている人
実は「親が自分の期待に応えてくれなかった」と思っている人って、
「親が応えてくれなかった期待を、他人に「高いレベルで」求める」
って傾向があるんですよね。特に、
- パートナーなど「身近な人」
- 会社の上司など「親的な存在の人」
に対して強く期待する傾向があります。
そんな例をご紹介しますと、たとえば、子供の頃、
「親にわかってもらいたいのに、わかってもらえなかった」
みたいに思っていた人って、他人に対して
「私のことをわかって欲しい!」
っていう期待が大きくなりがちになるわけですけど、
そういう人が会社にいると、上司に対して、
「(結果が出なくても)ガンバっている私をわかって欲しい!」
みたいな期待をしちゃうことがあるんですよ。
でも会社って、学校と違って「ガンバっているかどうか」ではなく、「結果」で評価される場所じゃないですか。
そうすると、上司はふつうに「結果」でその人を見ていたとしても、その人から見れば、
「ガンバっている私をわかってくれない上司」
ってことになってしまって、上司に対して不満を感じて関係がギクシャクしたり、(勝手に)会社にいるのがツラくなったりするんですね。
他にも同じような例として、子供の頃、親に対して、
「できる自分だけでなく、ダメな私も認め欲しかった」
なんて感じていた人は、上司に対して、
「ダメな私でも認めて欲しい!」
って期待が大きくなりがちになるわけですよね。
でも基本、仕事ってダメだと認めてもらえない世界じゃないですか。「売上、悪くてもいいよ」とか言われないわけで。
なので、会社の上司は、当然その人がダメなことを認めてくれないわけですけど、そうすると、その人は落ち込むわけですよ。
でもなぜか、
「できるようになる努力をそんなにしなかったりする」
んです。というのは、本当の目的は、
「上司から、ダメな自分でも認めてもらうことだから」
なんですよね。だからダメなままでいようとする。(もちろん本人には、そうしている自覚はない。無意識でやっている)
以上、こういうのが、「親が自分の期待に応えてくれなかった」と思っている人がなりやすいクレクレです。
こういうケースに当てはまる人の心の奥にある「クレクレの声」を言葉にするならば、
「親が期待に応えてくれなかったから、かわりにあなたが期待に応えてくれ!」
みたいな感じでしょうか。
(上記の内容に当てはまると思った方は以下の記事をどうぞ)
クレクレな人
2. 子供の頃、親の心の面倒を見ていた人
「子供の頃、親の心の面倒を見ていた人」って、たとえばですが、子供の頃、
- 両親の仲が悪くて、その仲裁をしようとしていた
- おどけて家族の気まずい雰囲気を和らげようとしていた
- 父親のグチを言う母親の話を聴いていた
- 親がちゃんとしていないように見えてフォローしていた
みたいなことをしていた人のこと指します。
そういう人って、本来ならは子供って親から心の面倒を見てもらう立場なのに、自分が親の面倒を見るほうに回っちゃってるんですよね。
なので、「子供の頃、親の心の面倒を見ていた人」って、自分がさんざん親の心の面倒を見てきと思っているもんだから、心の奥では、他人に、
「自分の面倒を見て欲しい!」
っていう期待が大きくなりがちなんですよ。「自分はやってきたんだから、他の人もやってくれるよね?」ってなる。
なので、そういう人って、会社だと(親的な立場になる)上司や先輩から、
「いつも目をかけてもらいたい!」
「手取り足取り教えてもらいたい!」
みたいに過剰な期待をしがちになるんですけど、そうしてもらえないと、すぐ「放っとかれている!」とか思って不満を持ちやすいんですよね。
あ、なんというか、「親の心の面倒をみる」って、その人が「自然な好意として」やっているなら問題ないんですけど、
そうではなくて、本人が心の奥では【無理して】親の心の面倒をみてたりすると、他人に対しても「同じようなことをしろ!」って期待しがちになるんですよね。
以上、こういうのが「子供の頃、親の心の面倒を見ていた人」がなりやすいクレクレです。
こういうケースに当てはまる人の心の奥にある「クレクレの声」を言葉にするならば、
「私は無理してでもやってるんだから、あなたも同じようにやってくれ!」
みたいな感じでしょうか。
(そんな辺の詳しい話はコチラからどうぞ)
大人になってからグレる人
3. おとなしくすることで、親の負担にならないようにしていた人
子供が親に対して持っている愛は、「Blind love(盲目的な愛)」と言われていて、
「お母さん(お父さん)のネガティブな姿を見るくらいなら、私が犠牲になります」
という愛の形をとります。
それで子供は、良い子になったり、おどけて雰囲気なごませたり、親の愚痴を聞いたりすることで、親への愛を示しているんですね。親がネガティブな姿にならないように。
そんな愛の形の1つをご紹介すると、子どもの頃、
「親の邪魔にならないように、親に声をかけるのを控える」
「親の前で自己主張しないことで、親に負担をかけないようにする」
みたいなことをしてきた人っているんですよね。
要は、「おとなしくすることで、親への愛を示している」わけです。
で、子供の頃、そういうことをしてきた人って、他人に
「言わなくても察して!」
っていうクレクレが発動しやすいんですよ。
というのは、自分がさんざん親の気持ちを言われなくても察して、おとなしくしてきたからなんですね。
ただそういう人って、自分は親に対して
「言わなくても察するってことを【無理して】やってきたという「自覚がない」
ってことが多いんですよ。当たり前にそれをやりすぎていて。
でもその人が、他人に「言わなくても察して!」って期待しちゃうことが多いのだとしたら、
本当のところは、親に対して【無理して】おとなしくしていたのではないでしょうか。
あ、この「言わなくても察して!」って、「おとなしめのクレクレ」のように感じるかもしれませんが、
やっていることは、「ヤクザや大物タレントがタバコを出した時、子分やマネージャーが火を用意する」みたいなことを期待しているわけですから、
意外とタチの悪いクレクレなんですよね(笑)
以上、こういうのが、「おとなしくすることで、親の負担にならないようにしていた人」がなりやすいクレクレです。
こういうケースに当てはまる人の心の奥にある「クレクレの声」を言葉にするならば、
「私は言われなくても察してきたんだから、あなたも私が言わなくても察してくれ!」
みたいな感じでしょうか。
(上記の内容に当てはまると思った方は以下の記事をどうぞ)
人に気を使っていないように見えて気を使っている人
4 幼児性が強い人
本人には自覚がないことも多いのですが、なぜか心の奥で
「自分は人にしないけど、人からはやってもらえる」
「自分は他人に興味がないけど、他人は自分に興味を持ってくれる」
みたいなことを思っていて、「自分は一方的に与えられる側」だと思っている人がいます。
あ、子供って親から「与えられて当然」と思っているというか、そんな自覚すらないくらい「与えられることが当たり前」と思っていると思うんですよ。
だって人間の子供って、ひとりでは生きられないわけですから。
でも人は、子供から大人へ成長するにつれて、「一方的に与えられる側」ではなく、「与える側」になっていくわけですけど、中には大人になりそこねてしまう人もいるわけですよ。
なぜか大人になっても、「一方的に与えられる側」って気持ちが抜けない幼稚な人がいる。
このブログでいうと、成長が止まっている人という記事に当てはまる方にこういう傾向がみられます。
以上、こういうのが、「幼児性が強い人」がなりやすいクレクレです。
こういうケースに当てはまる人の心の奥にある「クレクレの声」を言葉にするならば、
「自分は(体は大人だけど)子供だから/できない人間だから、あなたが私の面倒みてくれ!」
みたいな感じでしょうか。
(上記の内容に当てはまると思った方は以下の記事をどうぞ)
幼児性が強い人
さ、ということで、ここまで私が個人セッション(心理セラピー)をやってきた中で感じた「クレクレになりやすい人とその傾向」を4つご紹介してきましたけど、あなたはどれかに当てはまりましたか?
中には「1つに当てはまる」と思った方も、「複数当てはまる」と思った方もいらっしゃるのではないかと思います。ぜんぜん当てはまらない方はラッキーですね!
あ、で、やっぱりこういうクレクレに当てはまる方は、人間関係がうまくいかなくなりますから、「どうしたらクレクレから抜け出せるか?」ってことが気になると思うんですよね。
で、その答えですけど、やっぱり原点である、
「子供時代に感じていた親に対しての期待をあきらめる」
ってことができると、なぜかそんなに他人にも期待しなくなるんですよ。
(その辺の詳しい話はコチラからどうぞ)
でもこの「子供時代に感じていた親に対しての期待をあきらめる」ってことって、なかなか難しかったりするんですよね。
というのは、やっぱり子供って、どうしても親のことを過大評価しがちじゃないですか。だから、
「親はもっと私に対してできたはずなのに!」
「ふつう親だったら、それくらいやるだろ!」
みたいな気持ちがなかなか抜けないんですよ。
個人セッション(心理セラピー)の中でも、「親のことはあきらめています」なんて言う方も多いんですけど、
だいたいそれは「アタマだけのあきらめ」で、心の奥では期待し続けてたりするんですよね。「本当は親は私の期待することをやれたはずだ!」って。だから今でも他人にも期待しすぎちゃうわけで。
なので私は、「子供時代に感じていた親に対しての期待をあきらめる」ってことが難しい方のために、⬇️個人セッション(心理セラピー)でそのお手伝いをしているわけですが。
あ、で、最後になりますが、あなたが「子供時代に感じていた親に対しての期待をあきらめる」ってことができると、
それは、「親の不完全さを受け入れること」につながって、
さらにそれは、「あなた自身の不完全さも受け入れる」ってことにもつながるので、
生きるのが本当に楽になりますよー。
そうすると、他人にも、自分にも、寛容な大人になれるんだな(ポツリ)
さ、ということで今回は、かなり長くなってしまいましたが、「クレクレな人」のまとめ記事でしたとさ。
それでは今回はココまでにします。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また次回お会いしましょう!