渋々やる力

ココロのコラム(雑記)

「渋々やっていること」が

多いあなたも
あまり多くないあなたも

こんにちは。

コンビニの「100円おにぎりの日」に欲張って買い杉田です。

1週間お疲れさまでした!

 

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え~と、今回は、「依存的な人」についてお話しようと思っているんですけど、依存的な人のセラピーをしていると、

「私はどうしたらいいですか?」
「どうしたら○○できますか?」

みたいなことを言われることが多いんですよ。
「他人」や、他人が教えてくれた「方法」が、自分を救ってくれると思っているんですね。

でも自分を救うのは、「自分以外のもの」ではなく、「自分自身」なんだけどなぁ。

エッ、「他人」や、他人が教えてくれた「方法」が、自分を救ってくれるって期待するの、何がマズイの?」ですって?

あっ、いや、その、別にマズイわけじゃないんですけど、

「自分以外のもの」が自分を救ってくれる、って考えると、
「自分の人生を他人にゆだねてしまう」ってことになりますから、

自分が無力感を感じたり、依存対象から食い物にされてしまったりすることが多くなるんですよ。

あ、ということで、今回の記事は、そんな「依存的な人」についてお話していきたいと思います。

 

え~と、仮の話ですが、あなたは仕事がイヤになって、会社を辞めて、そのまま自信を失って、ズルズルと1年引きこもってしまったとしましょう。

こういう時、「依存的な人」は、自分が社会に出てくキッカケを、

誰か(または何か)が、私を「ヤル気」にさせてくれる → それから「行動する」

なんて順番を思い描いているんですよね。で、テレビの再現VTRのように、「よし!これを機にやってやる!」みたいなことが起きてくれればと願うみたいなんです。

でもまぁ、私も1年4ヶ月引きこもっていたからわかるのですが、現実的には、1年も引きこもっている時って、そう都合良く「ヤル気」なんて起きてくれないんですよ。

そういう時って、

就職活動をするのもツライし、かといって、このまま引きこもっているのもツライ、

という板ばさみ状態なわけで、言ってしまえば、

自分の前にゲテモノ料理が2つありました。
さあ、A or Bどちらを食べますか?

みたいな状態だと思うんですよね。

そんな時って、誰かがあなたを「食べる気」にしてくれると思えますか?
自分の中に、「食べる気」が起きると思いますか?

まず期待できないですよね。

だから、もしあなたの前にゲテモノ料理が2つあって、どちらか食べないといけないのだとしたら、

「自分がその料理を食べたくなる!」なんて期待せずに、むしろ、自分がその料理を食べたくないと自覚しつつも、「渋々食べる」ことが必要になってくると思うんですよ。

「ヤル気」よりも、「渋々やる力」とでもいうのでしょうか。

私、最近、こういう「渋々やる力」って、すごく大切だと思っているんです。

実際にずっと引きこもっていた方が、セラピーを受けた後、

「希望職種にぜんぜん受からなかったので、とりあえず入れる会社に入って働くことにしました」

なんてご報告をいただくことがあるんですけど、そんなお話を聞いた時、私は、「おー、「渋々やる力」、使っているなぁ」って、ジーンと感動してしまうんです。

きっとご本人は、その時点で希望職種につけないことに対しては、すごくガッカリしたと思うんですよね。

でもとりあえずそれを一旦受け止めて、「渋々就職活動やった」と思うんですよ。
「ヤル気」なんてぜんぜんなかったと思うんですけど。

そういう時に「渋々やる力」を発揮できるって、立派だと思うんだなぁ。
そういうことができる人に、未来が待っているんだと思うんです。

ところが最近世の中は、「ヤル気が出る!」とか、「モチベーションが上がる!」とか、そういう前向きな「気持ち」ばかりがクローズアップされて、

「そういう気持ちが自分の中に起きないから、やりません」的な話が多いなと思うんですよね。

でも、1年も引きこもっているようなピンチの時に、

■ 誰か(何か)が私を「やる気」にさせてくれる
■「やる気」が自分の中に出てきてから行動する

なんてこと期待していたら、もっと苦しい状態が長引いちゃうと思うんですよね。

だって、そんなことほぼ起きな・・・キャー!(笑)

 

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あっ、なんだかぜんぜん話がまとまっていませんが、要は、

「ヤル気」出てから行動するのが、全てじゃないですよー!

てな話でしたとさ。

ピンチの時って、「ヤル気」よりも「渋々やる力」に救われるんだな、これが。

 

それでは今回はココまでにします。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また次回お会いしましょう!

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